こんにちは、中学1年生から長きにわたって不登校を経験したかずのこです。
不登校になったとき、どんなことを考えていたのか?
という質問があったので当時を振り返りながら書こうと思います。
あなたは不登校の子どもが何を考え、感じて過ごしているのか想像できますか?
もし想像できないなら、不登校が感じていることに対して理解につながるかもしれません。
「やらなければいけないこと」と「やりたいこと」に大きな溝ができている
不登校になった子の多くが、「やらなければいけないこと」と「やりたいこと」の間に大きな溝ができています。
「やらなければいけないこと」というのは、もちろん周りの子と同じように学校に通うこと。
「やりたいこと」というのはそれぞれ違います。
- 家でゲームをしたい
- とても眠くて起きたくない
- 学校に行くよりも家のことが心配
不登校のことをよく知らない人は、ただの甘えだと決めつけることが多いですが、必ずそこに理由はあるのです。
ただの「やりたいこと」ではなく、「どうあってもやりたくないこと」かもしれません。筆者の場合はそうでした。
子どもは「不登校になる」行動をとることで、なかなか言い出せない本当の自分の意思を表明しているんですよ。
では、筆者の経験をふまえて不登校になったときのことを話していきますね。
不登校経験談「罪悪感だらけの不登校生活」
学校に行けなくなったとき、次の日からまた登校できるだろうと思っていた
筆者は中学1年生の夏休みが終わった9月から学校に行けなくなりました。
学校に行かないのはリスクが大きいことくらいはわかっていました。
当時筆者が通っていた中学は進学校で、1日でも休むと勉強のスピードに追い付かなくなってしまいます。
だから、夏休みが明けたときは「ぜったいに学校に行かなきゃ」と考えていました。
もちろん初日は元気を出して通いましたよ。
しかし、問題はその次の日からです。
新学期が始まって2日目の朝、体調はいつも通りだったのに頭のなかで「行きたくない」「しんどい」「めんどくさい」という声が響くようになりました。
ご飯を食べて、着替えて、あとは家を出るだけ・・・。
なのに「行きたくない」という気持ちで心がいっぱいになって、身体がみるみるうちにダルくなっていきました。
行きたくなさすぎて仮病を使って学校を休んでしまったほど。
家を出れないなんてことは初めてでした。
でも初めは軽く考えていて「次の日からはふつうに行けるだろう。今日だけゆっくり休もう。」くらいの能天気さでしたね。
でも、それだけじゃ終わらなかったんですよ。
次の日も、また次の日もどうしても学校に行けなくて混乱する
「行けるだろう」と思っていた次の日も、そのまた次の日も「行きたくない」という思いでいっぱいの状態になりました。
朝は起きれる。ご飯もたべれる。準備もできる。
なのに家を出るときになって「行きたくない」という気持ちが爆発しました。
それからはトイレから出られなくなったり、制服に着替えたまま布団の中に戻ったりという行動が目立つようになります。
「学校に行かなきゃいけない」という思いと「学校に行きたくない」という思いの間で必死に悩んでいました。
自分でもどうしてそうなっているのか分からないまま・・・。
親は2日も休んだことに心配してたけど、学校に休みの連絡を入れた筆者の方はというと、それまでの苦悩がウソのように心から安堵していました。
「よかった、これで安心して休める」って感じでね。
そんなことが数日続き、親も先生も悩み始めます。
筆者も当時悩んではいたけど、考えていたことといえば「明日はどうやって休もうか」ということ。
そして少なからず感じていた罪悪感とどう向き合おうかということでした。
罪悪感を感じながらも学校に行けない
当時は「不登校」という言葉が一般的に知られはじめたくらいで、周りにも不登校はほとんどいませんでした。
なので、周りは「どうして行けないんだろうね」と口にし、あの手この手で学校に行けるように手を尽くしていました。
朝に起こてくれたり、学校まで車で送ってくれようとしたり、それはもう色々です。
先生も受け入れ態勢を用意してくれていました。
そのおかげで数回は登校することができましたが、逆に言うとそれだけです。
筆者自身は相変わらず「行きたくない」から解放されることはありませんでした。
登校できて何か変わったかといえば「行きたくない」から「早く帰りたい」になった。
周りを困らせていることに罪悪感を感じながらも、どうしても“ふつう”にすることができないし、いつまで経っても学校に行きたくない。
そのうち仮病を使いすぎて、親に無理やり家を追い出されるようになりました。
ポイント
学校に行けず“罪悪感”を感じている子は多い!
大人たちは理由もなく学校を休ませてはくれなかった
10年前、不登校は「異常」と見なされていました。
親も先生も“不登校の子ども”は初めての経験だったんじゃないですかね。
だから、「行けないことにはなにか理由があるんだ」とばかり考えて、本人の気持ちには誰も気付けなかった。
もちろん本人もどうしてこんなことになるのか訳がわからなかった。
10年前の間違い
- 自分が学校に行けないのには理由があるはず
- 学校に行けないことは悪いことだ
不登校は犯罪でもなんでもないはずです。
なのに、どうして罪を償わなきゃいけないような扱いを受けなければいけないのでしょうか?
毎日夜になったら、母と2人で話をしていました。
どうして学校に行けないのかを何時間も相談し、学校に行きたくないことをひたすら愚痴るように吐き出しました。
母は筆者の気持ちを受け止めてくれましたが、やっぱり一時しのぎでしかないんですよね。
どうあがいても平日の朝はやってくるし、行きたくない気持ちはなくならないからです。
学校に行きたくない自分を責めて、現実逃避をしました
「学校に行かないのはふつうじゃない!直さなきゃいけない!」
そんなことを思われていたのはよく分かっています。
家族会議は何度も開かれたし、先生との3者面談も特別にやってもらっていましたからね。
話す機会が増えれば増えるほど、「学校に行きたくないと感じる自分はダメなんだ」と強く思っていました。
そのせいで、自分を責めたりもしました。
13歳の子どもが自分を責めて精神を摩耗するなんて、本来あってはいけないはずなんですけどね。
とうとう不登校から数ヶ月後に現実逃避をはじめました。
両親が共働きで家にいなくなると、パソコンの電源を入れてずっとインターネットで時間をつぶしました。
インターネットには気持ちを和らいでくれるコンテンツがたくさんあります。
ときには物語を読んで、ブログを読んで、アダルトサイトだって見ていました。
年齢制限にはひっかかりますが、当時は何をしてでも現実から逃げたくてしょうがなかった。
考えれば自分を責めてしまうからです。
何も考えないように過ごし、気分転換ができないときは自分を責め続ける毎日。
不登校だった筆者は、そんな青春時代を過ごしたんです。
「学校に通う方が楽に決まってる!」それでも行けないのが不登校
筆者が不登校だった当時に感じていたことを話しましたが、不登校の子どもが全員同じことを考えているわけではないですよ。
もしかしたらイジメなどの直接的な原因があるかもしれない。
でも、親や先生に「学校に行きたくない」というのはよほどの勇気がないと言えないことです。
その振り絞った勇気を受け入れられる環境にいれば、少しは違った青春時代をおくれたかもしれないですよね。
筆者は何年も原因が分からず悩み続けましたが、今の不登校の子どもはもっと早期から前向きになることができるはず。
不登校の子どもが前向きになれるかどうかは、親や先生、周りの環境に左右されているといっても過言ではありません。
もし子どもが不登校になってしまっても、「学校に行きたくない」という正直な気持ちをどうか否定しないであげてほしいです。
現在は、学校に通わなくてもちゃんとしたオンライン教材で学習すれば、在宅でも出席日数扱いになるので、進学を考えている場合は積極的に取り入れていくといいですね!